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ラカン精神科学研究所 福岡

福岡の精神分析家 進志崇献 が精神分析的視点で綴っています。人はコンプレックス(無意識)に支配されています。

沖雅也 日景忠男 同性愛の考察(File.068)

こんにちは、精神分析家 進志崇献@福岡です。

進志崇献(しんしそうけん):lacan.msl.f@gmail.com

沖雅也さんが亡くなったのは1983年6月28日。私が20歳(学生時代)の時でした。

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http://lacan.agency-inc.com/

私自身、精神分析の世界に関わってから同性愛の心の構造に興味を持った位で、同性愛の世界とは自分とは無関係なものと決め込んでいた。

ネットの普及のお陰でマスメディア以外の情報も入手できるようなって、過去の事件も新たな視点で検証できるようになった。

沖雅也さんと言えば、当時のテレビっ子からみれば沖雅也=スコッチ刑事(太陽にほえろ!)役の人気俳優で、スコッチ刑事が高層ビルから取り降りて自殺(享年31)?!と言う受け取り方だった。

テレビのワイドショーには養父と称して日景忠男氏が映し出され、同性愛者と言う関係が取り沙汰され「もういいじゃないですか」とか、氏の遺書の「涅槃でまつ」と言う文言がマスコミを跋扈した。もう30年以上も前の事である。

沖雅也さんは15歳で家出同然に大分から上京し、一時期までは学歴詐称して芸能活動をしていたが、人気が出てきてファンに嘘をつき続ける事もできず、自分から「ファンの集い」で詐称を告白謝罪した件をテレビの番組で取り上げていた様な記憶がある。沖氏の最終学歴は通信教育による高卒。

日景忠男氏との関係は、法的には養子縁組をした養父であるが、同性愛関係だった事を否定する情報は見つからない。沖雅也の実父が無くなった時点(1975年:23歳)での養子縁組。日本の法律では同性の結婚入籍は認められないので、養子縁組と言う形で入籍したと言う事なのだろう。この時、日景氏は38歳。

自殺直前にホテトル嬢を呼んでいたと言う報道があり、沖雅也氏の場合、異性に対して不能であったわけではなく、バイセクシュアルであったと言う事か・・・。

15歳(中学校卒業を待たず)で故郷を捨て右も左もわからない東京に出てきた沖美少年の最初に面倒をみてくれたスポンサー&パトロンが金持ちの日景忠男氏であったのではなかろうか?沖雅也氏の誕生からの養育環境を詳らかに知る事はできないので、彼の精神構造がいかなるものであったのかを考察する事ができない。

ただ、ネットで検索すると、沖氏が躁鬱病で投薬治療をしてた事がわかる。1981年04月には東名高速で自動車事故後、躁鬱病と診断、精神科に二週間入院。抑うつ剤の副作用で肥満、肝臓障害、低血圧などに悩まされる。1982年11月に再度入院。

「台本を読んでも頭に入らない」と言う記述は、亡くなった萩原流行さんの著書にも同様の悩みがあった。俳優業とは相当なプレッシャーがかかるのだろう。

うぁ、危ないなぁと思わせる。その後・・・

1983年6月28日、新宿の京王プラザホテル本館47階非常バルコニーより飛び降り自殺。

日景忠男氏ってどう言う人?と思いウィキペディアをチェックしてみたが、相当浮世離れした人だった事がわかった。晩年は恐喝や覚せい剤使用・所持罪で逮捕されるなど、あまりいい話は記述されていない。2015年02月(78歳)に亡くなっていた。

家庭環境が複雑だとか、晩年はうつ病に苦しんだり、交通事故を起こしたり、萩原流行さんと沖雅也さんは重なる部分が多いと思いました。

萩原流行さんは母代わりにまゆ美婦人と結婚し、沖雅也さんは実父の代わりに日景忠男さんと入籍したのだなと分析しました。

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